忘れたくない

ナイフ

 二人でいると決まって石を投げられた。続く言葉は「村から出ていけ、忌み子ども」。投げつけられる石が、言葉が、体に当たって怪我をしようとも、痛くも痒くもなかった。だって隣に洋平がいるから。洋平さえいれば何も怖くなんてない。だけど、洋平が傷つけられて血を流す姿を見ると、自分の体は痛くないのに、どこか別の場所がどうしようもなく痛んだ。そこが痛む度に、繋いだ手を見つめて考える。この手を離すべきなのだろうか、と。俺と一緒にいるせいで洋平が傷つくのは嫌だ。それは間違いなく本当の心だったけれど、それでも、どうしても握った手を離せなかった。半分にはなれなかった。その痛みを誤魔化すように強く強く手を握ると、洋平も同じだけ強く握るものだから、俺達はもう離れることなんて出来なかった。伸びきって尖った爪が、互いの手の甲に刺さって血が流れても、もうどこも痛くない。もっと鋭利に、もっと強く。ナイフみたいに研ぎ澄まされたそれはきっと、全く同じ時に互いの心臓を突き刺すのだと信じて疑わなかった。
 けれど、洋平のナイフは俺を突き刺すことなく、血の海に消えていった。洋平を突き刺したのは、俺のナイフじゃなかった。半分だけで残された俺は、俺のナイフは、行き場を無くして彷徨っている。憎しみに燃える心を携えて。それは次々に引火して、体の内側全部を燃やし尽くしていく。心臓は強く脈打ち、血が沸騰して、眼球を走る血管が破裂する。真っ赤に染まった視界で滴り落ちる血を追った先、地面に何かが溶けていた。それは、洋平を突き刺すはずだったもの。流れ続ける血と混ざり合って、歪な輪郭を形作っている。その血がまた、俺のどこかを痛めつけるのに、もう繋いだ手を握ることは出来ない。代わりに歪なそれを拾い上げて、あの日握った掌よりも強く握りしめた。どこを握っても掌に突き刺さるそれが、ぷつぷつと肌に穴を空け、血をあふれさせる。どこかは変わらず痛み続けた。
 洋平。もう少しだけ待ってろ。このナイフだけは、突き刺してみせるから。